昭和52年4月18日 月次祭 (中村徹美)
信心、新な信心をさせて頂くと言う事は、昨日腹一杯ご飯頂いとったけれども、1日過ぎますと、またお腹が空いて、やっぱり同じようなものを美味しいと頂ける、そう言うやはり信心の上でもそういう感じ、三度三度のお食事の様なもんだと私は思う。
昨日一昨日、あのように盛大な、ご大祭をおたがい頂きました、その前の日は前夜そして一日おいて、この月次祭何かご大祭が、もう随分前にあったような気がする、もう本当に御大祭で、感動感激を腹一杯頂いて、もう、それで良いというのではなくて。
月次祭は月次祭でまた新たな、信心の喜びを感じさせてもらえる、それには信心さらな信心といわれることは、日に日に頂くその御教えがこなされる、消化されるところからまた翌日は新たな味わいで、食事が頂けるようなものではなかろうかと思う。
その有り難いものがこなされない、まあだ大祭の雰囲気に酔うておるまあだ大祭の有り難さが残っておる、大祭の有り難さは大祭の有り難さだけ、もうその翌日には、翌日の有り難さがなからなければならない。
そこに求められるのが、修行であります、ですから修行というのは、ええ、楽はせんぞという心であります、自分から求めて楽をしょうというような、ああ楽をしょう楽をしょう楽がしたいと言うようなことでは、いつまで経っても本当の意味においての、楽には成りません。
信心させて頂く者の修行、楽はせんと言う心になるです、そこにはねさせずにはお感という働きが生まれてくる。ねえ、させずにはお感というその働きを受けるから、神様ありがとうございます、もったいのうございますということになってくる訳です。
今朝からの御理解を今日毎日三時から研修をさしてもらいます、研修をさしてもらいながら皆の今日のマトメを聞かせて頂いて、私は思ったことでしたけれども、今日の御理解は金光様の御信心とはと、もし人にとはれたら、今朝の御理解のような御理解を皆に、金光様の信心とはこういう信心ですよと話してあげたら、金光教は素晴らしい。 成る程と言うことになるのじゃないかと、皆の発表聞きながらそんな事を思いました。皆さん今朝のご理解いただかれた方はどういう風に、今日は御理解五節でしたかね、此方が祈るところは天地金乃神と一心なりと、あの御理解は、先のところが、あ、どこえ参っても方便の願い捨て的な信心であったものが、それが信心のよう思っていたものが、ここえ参って来ると、そうではない。
神様の答えを頂いて帰ったり、神様のお心を聴かせてもらったりして帰れる。そこんところに、まあ、被害があるといったようなところにいつも焦点を置いての信心でしたけれども、御教えでしたけれども、今日の御理解は一番最後のところです、この方金光大神がいわんところは、天地金乃神と一心なり、それでそれを、んなら、天地金乃神様の祈りは金光大神の祈りと一心なりとも言えるんだという御理解でした。
そこに例えば、過去にたくさんな宗教、いわゆる大宗教と言われる、キリストとか仏教とかいわれる大きな宗教がありますけれども。もうじっに幼稚な信心だと、まあ、天地の親神様がお釈迦様の上に現れなさった、キリストが世に現れなさったに、いたしましても、それは大変程度の低い、もうじっに幼稚な、言うならば、何と申しますかね、小さな子供にいろん話をする時に、しらごと半分のごたる話をするでしょう。
はよねらんとわうわうが来るよと、というように、その、そういう御理解です、ね、罪であるの因縁であるのと、そして、その罪を言わば一生かろうていかねばならないというのがキリスト教である。
人間の難儀というものは因縁によるものだからというて、その因縁を説く手立てというものを、大変難しく説いてある。とても生身を持った人間では、到底行じることはできない、いわゆる五戒の十戒のというて、そのいわば信心によることによって、いよいよ窮屈な在り方にならなければならないように説いてある。
それこそ子供が夜遊びやらしておる、いつまでもねらんと、はよねんねせんとね、わうわうがくるよと、わうわうは皆さん知ってますか、家のおっかさんは、わうわうのごとしとんなさる、髪ばこうしちゃる、わうわうのごたる、私の婆さんいよりましたよ、はよねんねせんとわうわうが来るよ、怖いものが来るよと言うわけなんです。
キリストやら仏教の説く所全部そうなんです、だからほんなこっかと思うてわうわうがくるかとおもうてほんなこっはよねよるぐらいのことであって、実際はわうわうの正体というものはあるものではないんだと、よしあったにしても教祖金光大神は、ね、いわゆる天地書附を基じゅくにしてとこの頃言われる。
天地書附に示されておるように、生神金光大神天地金乃神一心に願えおかげは和賀心にあるんだと、その和賀心による子とによって、因縁も罪もそれこそ霜に煮え湯をかけるが如く掻き消えるものだと、そこにある者は幸せだけだと、人間の幸せだけを願うてあられるの神様名のだと、そのためには和賀心にならなければならない。
ということをです、いうならば天地の中には人間氏子をいよいよ、しあわにせずにはおかんという働きだけしかあっていないだ、一切が神愛だそれで和賀心になれよ和賀心になれよと働きどういう問題であっても、一切が丸うなれ丸うなれという働きだけしかあっていないと言うのが天地の親神様です。
その親神様が自分の心中を今までは、それこそわうわうが来るぞといったようなことを教えて居られた例えば同じ神様であってもです。天地の親神様であっても金光大神の前には、もう言うならば、ね、大人になった人に本当な、言うならば神様の心の底を吐露された、打明けられたと言うのが金光教だ。
此方が祈るところ天地金の神と一心なり、ねだから天地金乃神様が祈られるところ生神金光大神と一心なりと言うことになるのです、ねえ、そこでですいわゆる天地の中にはもうお影をやらずにはおかん、まるうせずにはおかん、和賀心の前には因縁も消えれば罪も消えるんだと。
というほどしの和賀心を下さろうとする働きだけしかあっていないんだと悟るところから起きてくる一切の問題を、はあ神様がきついんです、やっぱ苦しいんです、痛いんですけれどもこのように痛い思いをさせてでも、苦しい思いをさせてでも氏子まるうなってくれよ、まるうなってくれよという働きであると悟る時に、痛いけれども苦しいけれどもお礼が言えるのです。
ねえ、もうそこ一つなんです、いうならばそういう信心を身を持って分からせて頂くことのために、寝、楽がしたい楽がしたいというような心では、起きてくる問題が例えば苦しい問題すると、どうしてこんなに苦しい問題が自分の上にだけ起きてくるのだろうかという不平不足しか出てこない。
これではいっまで立っても和賀心は生まれないというのです。今日私はその研修2十何名の修行生の方達が一人一人に発表しております、丁度研修に掛かろうとしておる所に福岡の宮崎先生が、このごろ神愛会に見えてなかったから今日出てみえた。
そして皆の研修を聞きながら、もうほとほと感心したと言ったような面持ちで皆さんの発表を聞かしてもろうて、本当に今日の御理解の素晴らしかったことを話しておられまし始るところからのご理解をいただくと、金光大神が祈るところ天地金乃神と一心と言われるが、天地金乃神様が祈るところもまた金光大神と一心であるという、そういう一つの交流と言うものが私共合楽に御縁を頂く者が大坪先生祈るところ金光大神と一心であり天地金乃神と一心であるのですから、大坪先生が祈られるところに私の祈りがあると言う、その交流から合楽のおかげは頂かれるんだという、最後に締めっくくりのお話をされました。
ですからどうでもここで大坪総一郎との交流がなされなければ行けません。今日どなたでしたか、あっ、倉本さん石井健司君の奥さんのお母さん親子五人でお参りになってから大祭の朝でした、お夢を頂きましたがね、親先生とその握手をしておる、その親先生の手の温もりと柔らかさが、今にその柔らか、温もりが残っておるというお夢を、お届けされました、いうならば私と倉本さんが、言わばもう交流が始まっておるんだということになるんじゃないでしょうか。
その親先生との交流が始るところから言うなら金光大神を通じまたは天地金乃神様のおかげが頂ける。ね、そこで私と交流する為に、私がゆうておることを聞いて貰わなけれ交流をしないということです。
いかに天地の親神様と金光大神の祈りが一心だと言うても金光大神に神様がお頼み成る、どうぞ世の中の難儀な氏子を助けてやってくれと、寝、そこに金光大神が天地金乃神様に言われることを一つも聞かれずに、自分が助けようとなさっても助かるはずもない、天地との交流もないのです。
天地の働きがそのまま金光大神に現れる、金光大神の働きが大坪総一郎の上に現れる今日私は、ある方の例話を持ってから、その事を今日研修の時に話したことでした。創価学会の方が十何人お話に来た、そしてもう金光教のことを、もうこれ以上腐されまいと言うごと、黙って1時間以上その話を聞いておった。
ねだから金光教はいかんから創価学会に変わりなさいと、さあ私は金光教、合楽の金光様しか知らないけれども、合楽の金光様はああたがたのようにそんなに徒党を組んで、他所のうちに上がり込んできて話をするというゆなことはなさらん、それこそ畳半畳に座りきったきりで、たくさんな人が取次助けられておる、ああたんとこの仏様もそんなに偉大な力のある仏様ならばあんた方がそうやって来んでも助かったものから助かった者へ伝わっていきやそんなおおごとしなさらんでもよかろうにというて話した。
どこが、んなら合楽の金光様がかとこですか、とにかく合楽ではね、天地の親神様がいつもバック打と言われます、言うなら親先生祈りのまにまに天地が自由になって下さるのですよ、天地がバックです、寝、あの宗教は間違いのこの宗教は邪教だのといわれるのだけれども、その間違った信心にそんならあなた方が言う邪教というような宗教に天地が動きなさるだろうか、これが本当の信心か本当の信心でないかを、実証するものですよというたらもう一言もなかった。
腹かいてからいくら言うて聞かせても分からん、もう帰ろう帰ろうというてみんな立ち上がって帰る、ね、今にみよらんの金光教と創価学会がどのくらい違うかいっちょ比べてみたらどうの、というてそのまあ、勢い込んでから帰られた,まあ帰ったのはよかったけれども、この格子戸がこうある、これを腹立ちまぎれにがちゃっちしめたとは良かったけれども手、はそどるげなもん(笑い)これがもうおかしくておかしくてとその言われました、ね、金光様のご信心はどこまでも天地がバックです。
だから金光様と唱えておれば金光大神のお取次の働きがそこに頂けるか、天地金の神様の働きがそこに頂けるかということではない、金光大神のいうことを忠実に守らなければならない、親先生の言われることを本当にそうだと全部が全部守らなくっても、ここはというところを行じ守って行かねばならない。
そこから親先生との交流が始る、その親先生との交流は生神金光大神との交流でありと同時に天地金乃神様との交流ということになるからおかげになるのです、そこで交流するその手立てというものが、ただおかげいただきたし、おかげいただきたしではおかげにならん、おかげいただきたしがもう少しでも楽をしたい楽をしたいという心では本当の楽にはならない、ね、そこで私共がもう楽はせんぞという気にならせて頂いたら天地の親神様が金光大神のお取次を通して、楽をさせずにはおかんという働きが生まれる。
その楽はさせずにはおかんという働きを受けるから、自分のような不徳なものに勿体無いことである、有り難いことではある、その心がさらな心なんだ大祭の日の有り難さだけが何日も続いておるようなことではもうねまってしまう。
そんな事でいかん、寝、だから私は大祭が終わったらもう夜のご祈念の時には、ああ今日はあれだけ沢山の人が集まって、それこそ盛大なお祭りを頂いたんだけれども、もうそれこそあれだけ、もうあの長い廊下にいっぱいになるほどしのお米なんかが、どこにかたずいたかわからんように夕方片付いてしまっておる。
もういわゆる大祭の雰囲気というものはない、夜のご祈念には正常通りの、やはりひるも頂いたけれども、夕ご飯もまた美味しかったというようなおかげの頂ける選得にしてある。ねえ、そういう努力がいるんです。
精進が、ね皆さんもやっぱそうだろうと思うです。昨日一昨日あれほど有り難いものを一杯頂いておるから、もう今夜はいただかんでよいということはない。そういう信心がさらな心だと思うのです。
金光様の御信心はどこまでも金光大神のお取次を頂いて、ね、今日は宮崎先生がそのようにお話されましたから、大坪総一郎の信心を、私共が頂くということは親先生の信心と交流するということなんだ、もう交流する処から、さらな有り難さもまた更なおかげも生まれてくるのです。
それを受け止めるためにはいつも私どもがもうそれこそ楽はせんぞという気にな屡こと。大祭の日に私が頂きましたことをみなさんに聞いて頂いたように、人偏に乍らと言う、人乍らと書いて作ると言う、作と言う所には喜びはない作らせて頂くと言う所に人乍らから神ながらになる、作らせて頂くのだ、今日はあんたたちが参っておるけれども、あんたが参って来たのじゃなかばい、まあ参らせて頂いておるとばいと、丁度今日は宮脇さんが夫婦で参ってきておった。
大祭にご無礼したからというて参ってきた、したら丁度末永先生が二人お取次させて頂いていたら、そこから先生、大祭の日に壱岐から参ってきた信者がお供えウニを持ってきておったそれを忘れ取った、自分の部屋に持っていっとった、だからあの大祭の日のお供えというのを今日お供えさせて頂いた、あんたばっかりはじょうけんにおよばんのと。わすれてしもうてからとは思わん、神様が忘れさせて頂い手おッタンだ、ね、そしてそこにおる宮脇さんに、そのお供えをした人が、脇山さん、このお届け帳にはいつも神ながら働きがあるが、もうここで合楽で沢山信者がおるけれども脇が着いた信者はその脇山さんと宮脇さん二人しかおらん。
二人が参ってきておるところに持ってきた、それで宮脇さんがお届けして、脇という字が二つ並ぶほどしのこと、だからあんたたちが参って来たのじゃない、参らせて頂いておると言うことが、これを見てからでも分かるだろうが、もう死んだもんのように真っ青な顔しておる人が顔を紅潮させて感動しました。
自分で参ったつもりであったけれども、はあ、参ったんじゃない参らせて頂いておったと分かった時に感動が湧いてくる、それこそ顔を真っ赤にして、ここで感動しました自分のような者でも、神様がお引き寄せ下さったんだと思うから感動になって来る訳なんです。 だから自分でする信心じゃなくて、させて頂くと言う所に神ながら、師かもです、その楽も自分でするのじゃないさせて頂くところの楽でなければいけない為には一つ楽はせんぞと言う気になる、たらいの水を向こうに押すと、その水は反対に自分に返って来るようなもんだ、それを自分のところにかき寄せようとするから水は向こうの方に漏れてしまうような道理なんだ、だからそれが頂けることのために修行がいるでしょうが楽はせんぞと言う修業がいるでしょうが。
その修行の向こうにおかげがある、そのおかげを感じるなるほど天地がバックなと、一昨日はあんなに雨風嵐であった、明くる日は今にも降りそうに曇っておったけれども、あの暖かいもうとにかくすわっとるだけでも汗が出るようなのが、熱くも無ければ寒くもない結構なお天気に恵まれて大祭があった。
昨日私は親教会に総代さん達とお礼に出らせて頂いて、今日は何と言う日本晴の良いお天気じゃろうかというて、お参りして帰ってきた、帰ってきたらもう一遍に曇るように段々ひどいおしめりになったでしょう。ほんな大祭の日だけ、まあ本当に神様が合楽のために、天地を自由自在になさっておられるようなものを感じるでしょう、そういうようにお互いの家の上にも、そういうようにお互いの家の上にも、お互い自身の上にもです天地がいつもバックだなと感じさせて頂くということは、天地との交流がいつもあっておらなければならないと言うこと。
そのためには金光大神のお取次、いわゆる大坪親先生のお取次を頂いてそこから交流ものがそれこそ倉本さんじゃないけれども親先生と握手させて頂いてその手の柔らかいこと暖かいこと、まあだ今に残っておるような感じだ、そんなら倉本さん私とあなたがもう段々交流がはじまったんだねと言う、と言うことは私のいうことを倉本さんがどのくらい熱心に忠実に守っておられるかと言うことになるのです。
それをほんならおかげを思うて見るとこれが天地がバックだなと、天地がご守護に、ご守護を重ねておって下さるんだなと、誰しも天地のご守護無しに生きて行けるはずはありませんけれども信心とはそれをじっかんすることなんだ、天地の親神様の温みを自分の心に受けとめれることなんだ、そこに安心した生活と言うもんが生まれてくるんです。
安心のある生活が生まれてくるんです、だから神様がきつい思いをさせなさる時には一つ本気で神様がさせて下さる修行ならば本気でさせて頂こうと言う気にならせて頂いたら神様が楽はさせずにはおかんという働きに触れることができる。
そのくらいな修行はしなければ、天地がバックだの金光教の信心とは、この方金光大神が祈るところ天地金乃神と一心なり、この方大坪総一郎が祈るところは金光大神と一心なり、天地金乃神と一心なり、それを反対にひっくり返すとこの方天地金乃神祈るところは大坪総一郎の心と一心なりと言うことになり、皆さんと一心になる、その一心になるところから交流するんです。
日田の堀尾先生が、あのご建築をなさった時に、もう、どうした、いわば事だったかは知らんけれども、ご結果が甘木の方えむかってお尻を向けて座るようになっとった、もう建て直そうかとも思うた、毎日毎日そん事が思い晩が寝れない様にあった。あるご祈念の時その事を、本当に作り直そうかというような一生懸命な思いであった時にです、はあ、甘木の親先生が後ろから抱きかかえておって下さるんだと思った、もうとたんに今までのこりゃびいんがさがるような思いで、もう今度は反対に有り難うなってきた、日田の御広前は、言うならば甘木の御広前と同じなんだ、甘木の親先生が後ろから抱きかかえておって下さるんだ、それこそ月次祭たんびんに広げねばならないような御ヒレイをその当時頂いておったと言うお話を先生御自身から聞いたことがあります。
今度末永先生が南米に参ります、言うならば、合楽の御ヒレイを南米の地に合楽の教会がまいっちょできなければならない。そん為には私と末永先生が、何かの手立てというものがここにあっていつも交流しておる。
地球の裏と表にありながら、いつも合楽と繋がっておるというくふうがこれからなされていく限りおそらくは南米の津々浦々に合楽教会と同じ教会が次ぎから次ぎと出来ていくことでしょう、それは合楽教会ということは、金光大神お取次の働きの場といってもよいでしょう。
そこには天地がバックであると言う、いうならば南米だからブラジルだからというて変わることは一つもない、今日先生が発表しております研修の時に、この4、5日毎日寒かったり暖かかったり丁度南米のあのブラジルでの気候がこんな状態であるということを聞いて神様が私がブラジルに行く前にあちらの気候はだいたい、こういう風な気候何だぞと言うて教えて頂いておることを実感しますと発表しておりまあした。
言うならば、もう末永先生の信心が言うならば天地と交流しておる。だからそのしゅるしを見せておられるんだと私はそう信じますと申しておりましたように、そう言う信ずる働きがです、南米におっても、または九州の地にあっても同じものが頂ける、同じものが交流する同じおかげが言わば合楽の御ヒレイがそのままに南米に移ることになる。
先程、今度先程秋永先生があちらえさがんなさったときに、末永先生のそのお別れの会があるとに、告別式と私には聞こえたんですよ、そしたら私は本当に感激しましたがね、もう本当にここを立つからには、告別式です、それはこの十年の記念祭には少なくとも10名の信者を連れて南米の地から馳せ参じますと言うてこの頃皆に発表しよりました。
けれどもやっぱりそういう自分を一つ死んだ気で告別式を受けるような心持ちで私は今度南米に立たせて頂く、そこから生まれてくるのが、さらなもの日に日に生きるが信心とは日に日に死んでいくことなんだ、だから次にはもう新しいものが生まれるそれを新な信心、今日は日に日に新と言われる、そのさらな信心ということを聞いて頂きました。
昨日腹一杯頂いておっても、今日はやっぱりお腹が空いて同じ物を頂いても、やっぱり美味しいと言うような信心をさせて頂きたいですね。